| 【愛知県で生まれて】
織田信長と同じ愛知県の清州市で生まれました.その後日進市に引越し高校まで日進市で過ごしました.日進市は今でこそ名古屋市のベットタウンとして広大な住宅地が広がるエリアですが当時は田んぼや畑や森ばかりで,牛がいるし,イタチはでるし,うさぎはいるし,川には亀がいたりと牧歌的な田舎風景が展開される通学路でした.のどやかな風景に強く憧れるのはこの原風景があってのことだと思います.
【小林美夫先生との出会い】
日本大学の理工学部に進学し,自分の目指す建築設計の課題の数々をこなし,好きな美術研究会のサークル活動を両立させる毎日.卒業年度では,小林美夫先生と伊澤岬先生のもとで建築設計の心得を徹底的に仕込まれました.「設計やデザインにはコンセプトがいかに重要であるか」,そして「美しいものにはどん欲に追求する姿勢」です.その教えを実践して卒業設計は念願の桜建賞(主席)をいただきました.その後の設計競技の勝率は小林先生の指導のおかげです.
【就職,設計競技への挑戦】
就職は,希望だった某建築家事務所に行く事は果たせず,泣く泣く学校の紹介で建設会社の設計部に就職.そこは明るく楽しい職場で「楽しく仕事をする」という事を学びました.しかし建設会社の設計の仕事は創造性が乏しく,デザインの世界から遠ざかっていきそうな自分が怖く,アフター5にひたすら設計競技に応募しました.それがことごとく入選することに.その中でも国際設計競技のセントラル硝子国際建築設計競技で
最優秀賞を受賞する名誉を頂きました.新入社員で22歳の時でした.
【伊藤喜三郎先生との出会い】
セントラル硝子国際建築設計競技の表彰式では,日大の大先輩である伊藤喜三郎先生に声をかけていただき,転職することになりました.伊藤先生からは,「チャンスがあれば死ぬ気でやれ」というどん欲さと,「建築家の紳士的ふるまい」を教えていただきました.
【ヨーロッパへ.バックパッカーの旅】
その後,運良くストレートに一級建築士試験に合格し,自身の建築空間を求めて26歳で独立しました.今思うと若気の至りです.独立と同時に4ヶ月半のヨーロッパの建築めぐりをしながら放浪旅行を体験しました.当初3ヶ月の予定が,気づいたら4ヶ月半!楽しくて,楽しくて,毎日がワクワクしていました.4ヶ月半の有り余る自由な時間に考えた事や,人や異文化,異風習との出会いは忘れられない体験となっています.その前後にアジアやアメリカ,南アメリカ,一部アフリカにも足をのばしました.100都市以上を巡り歩いたことになります.全てが財産です.
【南米,アジアの国々から学ぶ事】
特に第三世界と言われる諸国の街を旅することが大好きでした.貧しさや生活に不自由さはあっても生き生きとした笑顔にあふれる街がたまらなく好きでした.独特の風(空気,雰囲気)が流れてます.その風こそが大事なのではないかと思うようになりました.建築はそこで生活する人たちが主役でその人たちが楽しく生き生きしている日常生活があってこそ建築家の仕事が成立するんだ!と言う事.机の上の理論や,かっこいいだけの建築なんて.....と当たりまえの現実を学ぶことができました. 「いい建築はそこで生活する人も生き生きしている」そんなことを意識して建築の奥深さを探求するようになりました.
【最近の生活,屋久島へ】
事務所ではスタッフとともに昼,夜食共に自炊をしています.食事のレパートリーも日々増えて行きます.そんな生活をしています.最近では長男とあこがれの屋久島に男二人旅に行ってきました.小さかったはずの長男が,今では一緒になって一日がかりで山登りをしたり,世界遺産の世界を楽しみ感動や喜びを共有できるようになったのには感激でした.屋久島もまた,人々の笑顔が素敵で,自然の神秘な魅力にあふれた最高の場所でした.
【講師として,二足のわらじ】
建築家業の他に専門学校中央工学校での非常勤講師業との2足のわらじをはく毎日を14年経験しました.はずかしながら教育者です.学生との会話が大好きです.建築のこと,デザインの事,将来の夢や不安,その他いろいろな会話から,学生への何らかの手助けが出来る事は教員冥利につきることです,建築の面白さを伝え,一人でも多くの学生から,「建築の世界に入って良かった」と言う声を聞きたいです.
設計競技等の紹介
1986年
日本大学理工学部建築学科卒業設計主席.桜建賞
・日本建築学会「全国大学卒業設計展」出品
・日本大学理工学部卒業設計優秀作品展(渋谷パルコ)
第4回RIBA(英国王立建築家協会)国際学生設計競技
テーマ「A Last Resort」 審査員:Aldo van Ayck(オランダ)
・優秀作品展出品 イギリス・ロンドン,ロイヤルアカデミー
第21回セントラルガラス国際建築設計競技 最優秀賞
テーマ「2001年ガラスのモニュメント」 応募総数423点
審査員:伊藤喜三郎,池原義郎,林昌二,黒川紀章,石井和紘 他
日本大学理工学部 学術協会賞
1987年
第4回ホクストン建築装飾デザインコンクール 佳作入選
テーマ「まちなかの公衆トイレ」 応募総数429点
審査員:伊東豊雄,出江寛 他
名古屋久屋大通公園・モニュメント設計競技 一次審査通過
審査員:黒川紀章 他 応募総数148点
1990年
第25回東京建築士会設計競技 佳作入選
テーマ「世田谷まちづくりー区の出張所を持つ地区施設」
審査員:相田武文,近江栄,宮脇壇,柳沢孝彦他 応募総数89点
1990年
ヨーロッパ全域 及び ハンガリー,モロッコ,トルコ等を建築,文化,集落等の視察旅行
(期間4.5カ月,13カ国,50都市)
1994年
平安建都1200年記念事業.京都府大宮町「小町の舎」設計競技入選
審査員:宮脇壇,林雅子,若林広幸 他 応募総数423点
文化庁芸術家在外研修制度審査(H7年度)JIA(新日本建築家協会)推薦枠3名に選考.
・建築家・デザイナー,エミリオ・アンバース(NY)が受け入れ許可のサインを出す
1995年
JR九州・吉野ケ里公園駅舎設計競技 佳作入選
審査員:竹下輝和 他 応募総数221点
南米・アンデスのインディオ文化圏の建築,文化,集落等の視察旅行
(期間1.5カ月,ボリビア,ペルー,チリの3カ国,19都市)
・月刊誌「新建築」(1995.10〜96.3月号)計6回にわたりレポート連載
1998年
「ぐんまの家」設計競技(群馬県主催) 上位20選入選.
審査員:内井昭蔵 他
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